アニョハセヨ!
日本語の中には「~との」「~での」「~からの」「までの」など助詞の後ろに「の」が付くのを目にする場面が多くあります。日本語と同様、韓国語にも「~との」「~での」「~からの」などのように助詞の後ろに「の」が使われるものはあるのでしょうか?

日本語と韓国語同じ使い方ができる「의」
との / 와・과의
友達との約束があります。
친구와의 약속이 있다.
での / 에서의
日本での生活は大変だった。
일본에서의 생활은 힘들었다.
までの / 까지의
家から学校までの5分間に何が!
집에서 학교까지의 5분 동안에 무슨 일이!
だけの / 만의
これは私だけの秘密!
이건 나만의 비밀!
くらいの / 정도의
二万円ぐらいのプレゼントを買いました。
2만엔 정도의 선물을 샀습니다.
ほどの/정도의
彼ほどの人はなかなかいない
그 정도의 사람도 그리 많지 않다.
限定的に韓国語同じ使い方ができる「의」~への
への/에의 ・(으)로의
晩餐会への招待です。
만찬회에의 초대입니다.
「日常への招待」という歌聴いてみた?
일상으로의 초대라는 노래 들어봤어?
動作・作用の向けられる向き、行われる場所に対しては同じ使い方ができる
「에의」 は場所を強調
「으로의」 は方向性が強い
将来への夢も変わった。
장래에 대한 꿈도 변했다.
動作・作用の向けられる相手・対象には使わない
からの/부터의
小さい時からの習慣だ。
어려서부터의 습관이다.
時間の起点・出発点に対しては同じ使い方ができる
学校からの帰り道にそこに寄った。
학교에서 돌아오는 길에 거기에 들렸다.
空間の起点・出発点では日本語と韓国語は同じ使い方はできない
日本語と韓国語では明らかに使い方が異なる「의」
~もの
1時間もの遅刻は許されない。
한 시간이나 지각하는 건 용납할 수 없다.
数字が多いことを表すときは「数 + 나 / 이나」を使う
のみの
一人のみの努力でできるものかな?
한사람만의 노력으로 해낼 수 있을까?
虚名のみの芸術家
허명뿐인 예술가
「のみの」は「だけの」と同じ「만의」を使うときが多い。「~のみである+名詞」の意味の時は「뿐인」を使う
きりの
二人きりの空間がなぜか居心地悪い。
둘만 있는 공간이 왠지 불편하다(둘만의)
一度きりの人生
한번 사는 인생 단 한번의 인생
一人きりの愛
혼자 하는 사랑 (혼자만의 사랑)
二人きりの時は
둘만 있을 때
「数字+きりの+名詞」の「きりの」は、「만의」を使うのもあるが、多くは「数字+動詞+名詞」の形で表現する。
ばかりの
彼女の眩いばかりの笑顔は本当に素敵。
그녀의 눈부신 미소는 진짜 멋지다.
寝てばかりの彼が本当に嫌だ。
잠만 자는 그 사람이 정말 싫다.
あそんでばかりの人。
놀기만 하는 사람.
泣いてばかりのあの子が理解できない。
울기만 하는 걔가 이해가 안 된다.
「~してばかりの」時は「名詞(動詞名詞化)+만+動詞連体形」の形をとる。「動詞語幹+기+만+하는」の形が特に多い
ながらの
音楽聞きながらの勉強は効果あるかな?
음악 들으면서 공부하면 효과 있을까?
韓国語では「~しながら~する」という形をとる事が多い
たりの
寝たり食べたりの毎日がうんざり。
먹고 자고 하는 매일이 지겹다.
「動詞の語幹고+動詞の語幹 고 하는」の形をとる事が多い

まとめ
日本語の「~との」「~での」「~からの」「までの」など助詞の後ろに「の」が付くのが韓国語にもあり、直訳できるのもあれば、まったく違う言い方をするものもありますのでポイントの部分をしっかりおさえておきましょう。